韓国料理のイメージは赤い? 黄色い? い~や、これからは緑!

韓国料理のイメージは赤い? 黄色い? い~や、これからは緑!

韓国料理は赤いもの。そんな常識は、もはや消え去る運命にあるのかもしれません。ぐつぐつに煮え立った真っ赤なチゲ。色とりどりの美しい盛り付けを混ぜて混ぜて単色の赤に染めるビビンバ。毎日毎食欠かさず食卓にのぼる韓国人の魂とも言えるキムチ。そのほか数多の鍋料理、炒め物料理などが築き上げた、

「韓国料理=赤」

の公式が、いまや揺らぎ始めている昨今に危機感と焦燥感を禁じ得ない今日この頃です。

キムチチゲ(左)と白菜キムチ。韓国料理には赤い色合いのものが多い

というのは、まあ冗談で。

韓国料理に粉唐辛子を多用した赤いものが多いのは確かですが、ソルロンタン(牛スープ)のように真っ白な料理もありますし、カルグクス(手打ちうどん)、プゴクッ(干しダラのスープ)、チョンボッチュク(アワビ粥)といった、赤くも辛くもない、穏やかな味わいの料理もたくさんあります。それでも日本料理と比べればはるかに赤い料理が多いので、日本における韓国料理のイメージはやはり赤いイメージが強いようです。

穏やかな味わいの韓国料理。ソルロンタン(左上)、カルグクス(右上)、プゴクッ(左下)、チョンボッチュク(右下)

 

そのうえで、日本では2010年代後半にチーズタッカルビのブームがあり、韓国料理といえばチーズという新常識が生まれたことで、

「韓国料理=黄」

のイメージも浸透しました。なにかひとつ流行ると、それ一色になるまで盛り上がるのは韓国においても、それが波及してくる日本においても韓国料理を楽しむうえでの醍醐味だったりします。となれば、トレンドの動向によってイメージカラーが変動してゆくのは充分に予想されることで、現在の状況を見るに、今後は......。

「韓国料理=緑」

になるのではないかというのが本題です。

日本では「韓国料理=チーズ」のイメージも強い。チーズタッカルビ(左)と、チーズハットグ

 

映画賞と韓国グルメの関係

その立役者となるのが、ミナリ。韓国語でセリのことです。日本では春の七草の筆頭に数えられ、新年明けての七草粥に用いられるなど、早春のイメージが強い野草ですが、韓国では通年でいろいろな料理に使われています。

さっと湯がいてナムルにしたり、甘辛酸っぱい和え物にしたり、キムチにしたり、チヂミにしたり。あるいは、その清涼な香りとシャキシャキした食感を活かして、鍋料理や、チム(蒸し煮)料理などの具材として用いるのも定番です。その幅広い活躍は、韓国料理界の名バイプレイヤーといった趣ですが、近年そこに大きな変化がありまして、堂々たる主役として推されるようになりました。

韓国で名産地として知られる慶尚北道清道郡のミナリ。
生のままサムジャン(薬味味噌)をつけて食べてもフレッシュで美味しい

 

きっかけとなったのが、2020年に公開された映画『ミナリ』(日本、韓国での公開は2021年)。

本作品はアメリカ映画ながら、1980年代にアメリカへと渡った韓国系移民の物語であり、韓国内でも高い注目を集めました。作品としての評価も高く、2021年春には米アカデミー賞の6部門にノミネートされたのですが、ここでひとつの期待が生まれます。

前年の米アカデミー賞では韓国映画の『パラサイト 半地下の家族』が作品賞を含む4冠に輝きましたが、このとき劇中に登場したチャパグリ(袋ラーメン「チャパゲティ」と「ノグリ」のミックス食べ)にも世界的な注目が集まりました。あのラーメンを食べてみたい、どこで買えるんだ、という旋風的な需要から輸出が急拡大し、ひいては韓国食品全体の輸出をも牽引して大ニュースとなりました。

映画『パラサイト 半地下の家族』には、高級なステーキ肉を加えたチャパグリが登場した

となると、『ミナリ』でも同じことが起こるかもしれない。

結果的に惜しくも作品賞は逃すのですが、ベテラン俳優のユン・ヨジョン氏が韓国人として初めて助演女優賞を受賞するなど、ノミネートの段階から『ミナリ』『ミナリ』と連呼されておおいに盛り上がりました。それはもう、ミナリをもりもり食べたくもなるというものです。

ここで顔役となったのが、ミナリサムギョプサル(セリと豚バラ肉の焼肉)です。

セリと豚バラ肉を一緒に焼いて食べる料理で、豚肉の脂をセリがほどよく中和してくれるうえ、脂を吸ったセリ自身もぐんと美味しくなります。もともとはミナリの産地を中心に食べられていた郷土料理で、ソウルなどでも提供店はありましたが、映画の効果によってぐんと広まって一躍トレンドの料理となりました。

ちなみに日本では私の知る限り、東京・新大久保「テ~ハンミング」の反応がもっとも早かったようです。お店の社長さんによれば、ニュースで米アカデミー賞の前哨戦とも言われる米ゴールデングローブ賞の外国語映画賞を受賞したのを見て、映画の応援をする意味から「その日の夜にミナリサムギョプサルを始めた」とのこと。こうしたフットワークの軽さは、新大久保の人気店ならではですね。

加えて素晴らしいのが、一過性の話題に留まらず、お客さんからの支持を得てそのまま店の看板メニューにまで発展したこと。もともと「テ~ハンミング」はナッコプセ(テナガダコと牛ホルモンとエビの鍋)や、チュクミサムギョプサル(イイダコと豚バラ肉の焼肉)、モドゥムジョン(チヂミの盛り合わせ)など数多くの人気メニューを抱えるお店ですが、そこにミナリサムギョプサルが肩を並べて定着しました。

「テ~ハンミング」のミナリサムギョプサル。たっぷりのミナリを豚肉と一緒に鉄板で焼く

 

ミナリに染まる韓国料理

そういった現象は本場の韓国においても同様で、映画『ミナリ』の話題がひと段落しても、ミナリサムギョプサルは引き続き人気を集め続けています。トレンドの入れ替わりが激しい韓国だけに、すぐに消えてしまう可能性もあったのでしょうが、ミナリに関しては二の矢、三の矢が登場して、トレンドが分厚くなりました。

ミナリサムギョプサルだけに留まらず、ミナリコムタン(セリ入りの牛スープ)、ミナリユッケピビムパプ(セリ入りのユッケビビンバ)、ミナリネンミョン(セリ入りの冷麺)、ミナリシャブシャブ(セリと牛肉のしゃぶしゃぶ)などなど、数多くのミナリ料理が登場し、現在進行形で盛り上がりに拍車をかけています。

ミナリコムタン。濃厚な牛肉の味わいに、刻んだミナリの清涼な食感と香りが加わる

中でもミナリを細かく刻んでスープに浮かべたミナリコムタンは、真っ白いスープのコムタンを、一面の緑に仕立てたことで見た目にもインパクトがありました。

「韓国料理=緑」

の公式への期待は、このスープを緑化する工夫に大きいです。

 

日本でもこうしたセリをたっぷり入れる韓国料理が増えてきました。東京・新大久保の「ミシクタン」では今年6月から、ミナリカルビタン(セリ入りの牛カルビスープ)、ミナリサムゲタン(セリ入りの高麗人参とひな鶏のスープ)、ミナリセウチヂミ(セリとエビのチヂミ)と3種のセリ料理を新メニューとして追加。従来からの焼肉メニューにもセリが使用されており、セリ尽くしを楽しめるようになっています。

個人的に印象深かったのが、ミナリカルビタンミナリサムゲタンセリが後入れ方式だったこと。卓上に運ばれてきた器に、店員さんが目の前でセリを投入してくれるのですが、そのイベント性自体が写真、動画映えに効いていますし、味の面でも入れたてのシャキシャキ感を強調する仕掛けとなっていました。

「ミシクタン」のミナリカルビタン。左が運ばれてきたときの状態。卓上でセリを加えると右のようになる
「ミシクタン」のミナリサムゲタン(左)とミナリセウチヂミ

 

こうしたミナリのトレンドが今後いっそう加速し、ありとあらゆる韓国料理にミナリを投入するようになれば、

「韓国料理=緑」

という新常識が韓国料理を新たなステージに導いていくことでしょう。すでに韓国では緑化が順調に進行しているので、日本でもさらなるエスカレートを期待したいと思います。

 

八田 靖史
八田 靖史(はった やすし)
コリアン・フード・コラムニスト。慶尚北道、および慶尚北道栄州(ヨンジュ)市広報大使。ハングル能力検定協会理事。1999年より韓国に留学し、韓国料理の魅力にどっぷりとハマる。韓国料理の魅力を伝えるべく、2001年より雑誌、新聞、WEBで執筆活動を開始。最近はトークイベントや講演のほか、韓国グルメツアーのプロデュースも行っている。著書に『韓国行ったらこれ食べよう!』『韓国かあさんの味とレシピ』(誠文堂新光社)、『あの名シーンを食べる! 韓国ドラマ食堂』(イースト・プレス)ほか多数。最新刊は2021年4月刊行の『目からウロコのハングル練習帳 改訂版』(学研プラス)。韓国料理が生活の一部になった人のためのウェブサイト「韓食生活」、YouTube「八田靖史の韓食動画」を運営。