ソウルの鍾路3街(チョンノサムガ)で飲む機会がありまして、名物の「カルメギサル(豚ハラミの焼肉)」を食べながらおおいに盛り上がりました。
気の置けないメンバーで、しかもけっこう久しぶりに集まったため、あれこれと昔話に花が咲いてビールや焼酎をグイグイ。閉店時間になってもまだ物足りず2次会に行こうじゃないかと繰り出した次第です。大通りの向かいによさそうな居酒屋があり、すかさず入ってビールと簡単なおつまみを注文。
そこで出てきたのが「ノガリグイ(姫タラ焼き)」だったのですが、そこでふと我に返って、これは写真を撮らねば! と思ったのを覚えています。酔っ払っていても仕事を忘れないのはコリアン・フード・コラムニストの本能ですが、いま見るとおしぼりの袋が下敷きになっていたりするので、胸を張るほどのものではないようです。
スケトウダラの七変化
居酒屋でよく見かける「ノガリ」は、日本語で姫タラとも呼びますが、正確にはスケトウダラの幼魚を干したものです。韓国語ではスケトウダラの標準名を 「ミョンテ(明太)」と呼び、食文化に深く根差した魚だけに、サイズや保存の状態によって細かく名前が分かれています。
例えば、生のスケトウダラであれば「センテ(生太)」、冷凍したものは「トンテ(凍太)」か、または「トンミョンテ(凍明太)」と呼び分けます。飲食店のメニューに「センテチゲ」と書いてあれば、生のスケトウダラを使っているという意味ですし、「トンテチゲ」とにあれば、冷凍したスケトウダラを用いたということです。
どちらもぶつ切りのスケトウダラに、セリや大根などの野菜を加えた鍋に違いはないのですが、シーズンの真冬にしかお目にかかれず、しかも近年は漁獲量も減少している「センテチゲ」に希少価値があります。とはいえ、急速冷凍の技術も発達しているので、とれてすぐに冷凍した「トンテ」であれば、決して「センテ」にひけをとるものではありません。
あるいは韓国でスケトウダラというと、干したものを使うことも多いです。もっとも代表的な料理のひとつが「プゴクッ(干しダラのスープ)」でしょうか。あっさりとした澄まし仕立てのスープにスケトウダラの旨味が溶け込んで、朝食にもぴったりの穏やかな味わいが人気です。「プゴクッ」の「プゴ」が干したスケトウダラのことで、漢字では「北魚」と書きます。北方でとれる魚という意味ですね。
あるいはまったく同じに見える料理を「ファンテヘジャンクッ」と呼ぶこともあり、「ファンテ」は「黄太」と書いて、野外で強風に当てながら干したスケトウダラのこと。「ヘジャンクッ」は酔い覚ましのスープという意味です。
「プゴ」も「ファンテ」もスケトウダラを干したものですが、野外で自然乾燥させるというのがポイントで、しかも強風の吹く山間部まで運んで干さねばなりません。「トクチャン」と呼ばれるやぐらに吊るされたスケトウダラは、雪の積もる中、夜はカチカチに凍り、昼はゆっくりと溶け、冷凍と解凍を繰り返しながら出荷時期の春までじっくりと旨味を凝縮させていきます。
主産地は韓国北東部の江原道(カンウォンド)で、中でも平昌(ピョンチャン)、麟蹄(インジェ)の2地域が有名です。真冬の時期に足を運ぶと、山の中に突然スケトウダラの大群が現れて、なんとも不思議な光景を楽しめます。
トレンドの干しダラ
さて、ここからがようやく本題。その「ファンテ」を作る際に気温が低いとスケトウダラの身が真っ白になるのですが、逆に暖かいと黒ずんでしまいます。商品価値としては「ペクテ(白太)」と呼ばれる白いもののほうが高く、黒ずんでしまったものは「フクテ(黒太)」、または「モクテ(墨太)」と呼ばれて価値が落ちます。
ところが近年、むしろこの「モクテ」が大人気なんですね。
色のせいで値段が下がるため、居酒屋などでは手ごろな価格のおつまみになります。注文ごとにさっと炙って、コチュジャンマヨネーズや、青唐辛子マヨネーズを添えれば、ビールのおともにぴったり。食感は少しガサッとした感じですが、炙ったことで香ばしく、噛めば噛むほどに旨味がにじみ出てきます。ピリッとしたマヨネーズソースとの相性も抜群で、値段に比べて量があるのも嬉しいところです。
また、こうした「モクテ」人気によって、昨年の韓国では「モクテ」をモチーフとしたスナック菓子が大ヒットしました。メーカー各社から相次いで発売され、「モクテ」のみならず、「ノガリ」やスケトウダラの皮をスナックに仕立てたものなど、居酒屋系のスナック菓子があふれました。このあたり、コロナ禍をきっかけとした家飲み需要の定着が、反映されたトレンドとの分析もあるようです。
さらに興味深いのは、「モクテ」に欠かせない青唐辛子マヨネーズが、ひとつのテイストとして台頭してきたことです。青唐辛子の中でも激辛種として知られる「チョンヤンコチュ(青陽唐辛子)」を、マヨネーズと合わせた「青陽(チョンヤン)マヨ味」の商品が増え、韓国料理が特徴とする辛さの幅を広げたように感じます。
青唐辛子の未来
日本でも韓国料理の辛さはよく知られるものの、青唐辛子の辛さが魅力として語られることはまだまだ少ないように思います。韓国旅行の際に、副菜として出てきた生の青唐辛子を味噌につけてかじり、見事に当たってしばらく話もできないほどのヒリヒリ地獄に苦しめられる......といった話のほうがよほど多いかもしれません。
でも、いろいろ韓国料理を食べてみると、やっぱり青唐辛子でなければならない辛さが少なからずあるんですよね。「テンジャンチゲ(味噌チゲ)」や、「チリタン(澄まし仕立ての魚の鍋)」などが代表的ですが、刻んだ青唐辛子が入ることで、キリッとしたキレ味のある辛さは後味をすっきりさせるうえ、辛さだけでなく青々とした風味が絶妙のさわやかさを演出します。
個人的には青唐辛子を効かせたチヂミがお気に入り。ちょうどこれを書いているのが、ぐったりするほどの猛暑日なので、青唐辛子のチヂミであふれるほどに汗をかきながらビールをぐいぐい飲みたいところです。
と冒頭のビールを飲んだ話から、またビールに戻ってきましたが、韓国の居酒屋で「モクテ」や「ノガリ」は定番ですし、そこに合わせる青唐辛子マヨネーズは近年注目のテイストです。トレンドスイーツのように、秒速で日本に入ってくるほどではないかもしれませんが、じわじわ広まっていくといいなぁという願望が今回の趣旨。「ノガリ」を見た瞬間にビビッとイメージしたのが、こんな内容でした。
先行して日本でも広まった「ロゼソース(コチュジャンクリーム)味」に続くイメージで、「青唐マヨ味」、あるいは「青陽(チョンヤン)マヨ味」が浸透していくことを期待しています。