韓国における夏の料理といえば、有名なのは「サムゲタン(高麗人参とひな鶏のスープ)」でしょうか。韓国には「以熱治熱(イヨルチヨル)」という言葉があり、「熱を以(もっ)て熱を治める」との考え方があります。外の暑さに対抗しようと身体の内側が冷えるため、体調を崩さないよう熱いものを食べるとの健康法ですね。「ユッケジャン(辛口の牛肉スープ)」や、「チュオタン(ドジョウ汁)」なども夏の料理です。
とはいえ、実際に汗だくの日々を過ごしていれば、やはり冷たい料理が恋しくなるのも本音。「ネンミョン(冷麺)」や、「コングクス(豆乳麺)」といった冷たい麺料理が美味しい季節ですし、「ピンス(かき氷)」や、アイス系のドリンクも人気を集めます。
なので、どちらの路線で書こうかな......と悩んだのですが、ちょうど冷たいほうに話題の料理が2品あったので、そちらをご紹介したいと思います。
夏はやっぱり冷たい料理だよね!
鬼神がとりつく涼味?
先日、Twitterのタイムラインを眺めていたところ、「ムルフェおばけ」なる単語が流れてきました。
「ムルフェ......おばけ?」
ムルフェといえば、韓国で親しまれる刺身料理のひとつ。「ムル」が水、「フェ」が刺身を意味し、冷たいスープと一緒に味わう冷や汁のような刺身を指します。カレイやヒラメといった白身魚を中心に、ヤリイカ、ナマコ、サザエなどを用いることも。生野菜もたっぷり加え、コチュジャン、お酢、粉唐辛子などで甘辛酸っぱい味わいに仕立て、ひやひやっと味わう夏の涼味です。
そのムルフェはよいとして、おばけの部分が謎だったので調べてみると、ムルフェをこよなく愛する人物のエピソードが出てきました。兵役中であるBTSのJINさんが、どうしてもムルフェが食べたくなり、メンバーのJIMINさんに差し入れてもらったのですが、実はその前週にもスタッフが差し入れたばかりだったとのこと。
その話を聞いたSUGAさんが番組で、
「ムルフェを食べられずに死んだおばけにとりつかれたのかな?」
と語ったのが、ファンを中心に広まったようです。
この場合の「おばけ」は、韓国語で「鬼神(クィシン)」と呼び、古くより人間に悪さをする存在と考えられてきました。まだ科学的な知識がなかった時代、人間が病気にかかったり、食べ物が痛んだりするのは鬼神がとりついたせいだと理解されたんですね。現代でも夏にサムゲタンを食べたり、冬至に「パッチュク(アズキ粥)」を食べたりするのは......。
「病気の予防=鬼神を寄せ付けないようにする」
との考え方を踏まえたものです。
また、よく食べる人を指して、「鬼神(おばけ)がとりついた」と表現するのもよくある話。ドラマ『賢い医師生活』(シーズン1、第7話)には、無我夢中で食べるソンファとジュンワンに対し、イクジュンがあきれながら、
「長いこと飢えて死んだ鬼神がとりついたのか?」
と語るシーンがあります。
ともあれ、そんな「ムルフェおばけ」という単語を見たことで、私にも鬼神がとりついたのか、無性に食べたくなって新大久保へと繰り出しました。韓国式刺身専門店の「トシオブ」が、ムルフェを食べられる店として有名です。
刺身はその時々でよいものを使うそうですが、この日はスズキをメインで用い、夏らしくホヤも入っていました。一緒に「マッククス(そば麺)」がついてくるのもポイントですね。「ククス(素麺)」を入れることも多いですが、冷たくさっぱりとしたスープと麺の相性は抜群です。
暑い季節に向けて、新しい刺身の食べ方、新しい冷やし麺の食べ方として、日本でも広まっていくと嬉しいですね。もっと鬼神に頑張ってもらいましょうか。
まかないからの大出世
そして、もうひとつ。
個人的に日本で広まるといいなぁと思っているのが、タイミングよく出てきたマッククスです。そば麺そのものを指す単語としても使われますが、本来は冷やしそばを意味する料理名として使われることが多いです。「マッ」がたった今、「ククス」が麺を意味し、作った麺をすぐに茹でて調理することから名前がついたとか。あるいは、「マッ」には「むやみに」という意味もあり、手軽にあるもので作って食べたことを語源とする説もあるようです。
その食べ方はいくつかスタイルがあり、辛い薬味ダレを絡めて食べたり、冷麺のように冷たいスープに入れて食べたり、たっぷりの生野菜と和えながら食べることもあります。中でも近年注目されているのが、「トゥルギルム(エゴマ油)」をかけて食べる「トゥルギルムマッククス(エゴマ油そば)」。茹でたそば麺を水にさらし、よく水気を切ったところへ、エゴマ油と醤油、揉み海苔、すりゴマをかけて味わうシンプルな料理です。
もともとは京畿道龍仁市にある「コギリマッククス」という店のまかないだったのですが、常連客に出してみたところ好評を得て定番メニューに。2021年3月には大手食品会社「オットゥギ」とのコラボ商品が発売されて大ヒット。ブームの火付け役となりました。
それまでの韓国では、混ぜそばといえば辛い薬味ダレと絡めて食べるのが主流でしたが、トゥルギルムマッククスの登場で、あっさりさっぱり食べるスタイルも定着しました。
エゴマ油は日本のスーパーでも買えますし、必須脂肪酸のオメガ3を豊富に含む健康によい食品としてもよく知られています。マッククスのそば麺はでんぷんを加えて食感よく作ることが多いですが、日本そばでも作れますので、ご興味ある方は試してみてはいかがでしょうか。
私の場合だと、日本そば1人前(100g)に対し、エゴマ油大さじ2、醤油大さじ1、揉み海苔とすりゴマはできるだけどっさり、で作っています。好みによって酢や砂糖を足したり、だし醤油、ぽん酢を使ったりしても美味しいです。
シンプルな料理ゆえに、好みで何を足すか考えるのも楽しさと言えそうですが、先日はBTSのJUNGKOOKさんが考案したアレンジが話題になっていました。チャムソース(肉料理向けの醤油ダレ)、ブルダックソース(激辛のホットソース)、ブルダックマヨソース(激辛のホットマヨソース)、卵黄を加え、スパイシーかつ濃厚に仕立てたもの。市販のソースを複数揃えるのがたいへんそうですが、すべてを入手できるならぜひ試してみたいですね。
ということで、以上が最近話題となったふたつの涼味......というより、ほとんどBTSグルメだったかも。世界的なアーティストであるのはもちろん、韓国料理の伝道師としても本当に功績の大きなみなさんです。